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横浜地方裁判所 昭和31年(ワ)660号 判決

横浜信用金庫

事実

原告横浜信用金庫は昭和三十年六月八日、訴外近藤利三郎及び被告新倉、同野村を連帯債務者として、金五十万円を貸し付けたが、債務者らは元金中へ金六万七千百七十円を支払つたのみで元金残額四十三万二千八百三十円を支払わない。ところで、連帯債務者の一人である近藤利三郎は昭和三十年七月死亡し、その妻である訴外近藤千代並びに子である被告近藤圭二、同近藤節子が共同相続し、各金十四万四千二百七十七円及びこれに対する日歩金六銭の遅延損害金の連帯債務を承継した。しかしてその後、被相続人近藤利三郎の遺産分割に関する横浜家庭裁判所家事調停事件の昭和三十年十二月十二日の調停期日において、被告圭二、同節子と近藤千代との間に遺産分割の調停が成立したが、その調停条項中に「被相続人の負担していた債務は被告圭二、同節子の両名において責任をもつて負担し、今後近藤千代に対して何ら迷惑をかけない」旨の条項がある。右調停条項の趣旨は、少なくとも、被告近藤圭二、同近藤節子において共同して近藤千代の承継した債務の履行を引き受けると共に、債権者たる原告に直接債権を取得せしめる趣旨の契約であつて、原告はこれにつき昭和三十一年七月二十一日到達の本件訴状を以て被告圭二、同節子に対して受益の意思表示をした。仮りに、前記調停条項が前記の趣旨に解されないとしても右条項は被告圭二、同節子において近藤千代が承継した債務の履行を引き受けたものであるから、千代は被告圭二、同節子に対してこれを履行させる債権を有するものである。ところが千代は無資力で原告に対する債務を弁済することができない。

そこで原告は、近藤千代に対する債権を保全するために、近藤千代が被告圭二、同節子に対して有する履行を求める債権(金額各七万二千百三十八円及びこれに対する遅延損害金)を代位行使する。よつて、被告新倉及び同野村に対して金四十三万二千八百三十円、被告圭二及び同節子に対し金二十一万六千四百十五円並びにこれに対する支払済に至るまで日歩金六銭の割合による遅延損害金の連帯支払を求めると主張した。

被告近藤圭二、同近藤節子は抗弁として、前記調停条項の趣旨は被相続人の遺産の分割方法として、亡利三郎の債務にして共同相続にかかるものを被告圭二、同節子の両名において負担することを約したものであるから、それが原告主張の如く債務の履行の引受であるとしても、それは遺産相続人たる身分を基礎にしたものであり、従つて近藤千代が被告圭二、同節子に対して取得した債務の弁済を求める債権の行使は千代の一身に専属するものであつて、債権者代位権の目的とはなり得ないものである、と主張した。

理由

本件調停条項中に「被相続人の負担していた債務は被告圭二、同節子の両名において責任を以て負担し、今後近藤千代に対して何ら迷惑をかけない」旨の条項があることは当事者間に争いのないところであるが、右調停条項の趣旨について按ずるに、証拠を綜合すれば、右遺産の分割は、被告圭二、同節子の両名(夫婦)において相続財産に属する一切の積極財産を取得する反面、その債務を全額負担することとし、近藤千代には被告圭二、同節子が金二十万円を連帯して支払う方法でなしたものであつて、結局近藤千代には金二十万円を取得させるほか、他に何等の財産をも取得させないけれども、他面金銭上の債務をも実質的に負担させないこととする趣旨のもとに前記条項が定められたものである事実が認められる。しかし、相続財産に属する債務の債権者をして直接被告圭二、同節子に対して債権を取得させる趣旨とは解せられないから、結局近藤千代が自ら債権者に金銭債務を弁済したときは被告圭二、同節子において同女に同額の金員を支払い、また千代が自ら弁済することを欲しないとか資力の関係で弁済することができないときは、被告圭二、同節子の両名においてその履行を引き受ける趣旨であると解するのを相当とする。もつとも、近藤千代及び近藤圭二本人尋問の結果によれば、前記遺産分割の調停が成立した当時、関係者は相続財産中に本件消費貸借上の連帯債務が含まれていることを意識していなかつた事実が認められるけれども、調停の趣旨が前記のものである本件においては、反証のない限り、相続財産に属する一切の債務は当時それが判明していたと否とを問わず、終局的に近藤千代に負担させない趣旨の分割方法であると解するのを相当とするから、本件連帯債務についても前記の趣旨の履行の引受がなされたものといわなければならない。しかして、右履行の引受に関する調停条項によつて近藤千代の取得した履行を求める債権の行使は身分関係を基礎とするものではあるけれども、遺産相続は財産相続であり、かつ、遺産分割が前記の方法でなされたものである本件においては、近藤千代が無資力で自らその債務を履行できないとすれば、その分割の方法として定めた履行の引受に基き、その履行を求める債権の行使を近藤千代の意思のみに委ねなければならない何らの理由もない。ところで証拠によれば、近藤千代は無資力で原告金庫に対して負担する本件消費貸借上の連帯債務を自ら履行できないことが認められるので、原告金庫はその債権を保全するために近藤千代に代位して被告圭二、同節子に対してその引き受けた連帯債務(金額各七万二千百三十八円及びこれに対する遅延損害金)の履行を訴求することができるものといわなければならない。

よつて原告の請求は何れも理由があるとして、これを認容した。

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